2005年04月25日

歴史教育

歴史認識は、「本当のことを教えてよ」から始まるのだと思いますが、
私の記憶からすると、現代史は高校でも習うことがなかったと思います。
明治維新と日清・日露の戦争までだと思います。
シベリア出兵と第一次大戦となると記憶が薄れます。

受験勉強で歴史を選択した人とか、当時の民青に参加していた人達は違っていたと思いますが。
歴史教科書の後ろの何ページかは残したまま終わったと記憶します。
最近の学校はどうでしょうか。
最近のテレビで若者にインタビューしたところ
「アメリカと戦争した」ことも知らない人が多かった、
と嘆いていたのを見たことがありますが、
一部の若者だと思います。そこまでは、ひどくはないでしょう。

ただ、今も現代史は教えずに終わっているのではないでしょうか。
ですから、教科書は騒がれるほど役に立っていないのでしょう。

教科書問題は、教える先生たちの問題だと思います。何をどう教えるかだと思います。
何をどう教えるかは、学校の先生だけでなく、年長の者に関係することだと思います。

私は昭和23年生まれですが、小学校の高学年の頃、
近くに住む朝鮮人の下級生が数人の日本人を伴って、
「日本はアメリカに負けたが、朝鮮はアメリカに勝った国だと、言ってやってくれ」
と言って来ました。
私は父親のせいで朝鮮人と親しくしていたので、
同じ日本人を説得するに好都合だったのだろうと、今では思います。
当時、本当は知らなかったのですが、「朝鮮は勝った」ことに同意しました。
後から、それが朝鮮戦争のことだと思いましたが、
当時、同意したのは彼の確信に満ちた勢いに彼の言い分が正しいのだろうと思ったからです。
彼は北朝鮮系学校の小学校2〜3年生だったと思います。

まもなくして北朝鮮に帰国しましたが、どうしているでしょうか。
それはともかくとして、
今でもあの確信に満ちたものは、朝鮮学校か親たちのせいか解りませんが、
まさに『歴史教育』によるものだと思います。

私が子供の頃、父親のところへ
片足のない人、場違いに色白い人・・・と、
同じ部隊で生きて帰ってきた人たちが訪ねてきました。
「お前のおとうちゃんは・・・」と、話してくれたのを、よくわからないまま聞いていました。
子供心にも、その人たちの世間に対する不満以上のやりきれない反感を恐ろしく感じました。
怖いおじさんたちで好きになれませんでしたが、
戦争はやってはいけないものだと思いました。
その後も、色白い人は時々やってきましたが、
片足のない人はこなくなりました。
posted by 友よ!! at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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