2005年06月10日

『古い欧州』のグローバル化が問われている

グローバル化は、世界のアメリカ化であり、
米国の覇権確立過程とする考えかたもあるようだ。
アメリカ化が平和と人々の幸福を最大限にするのであれば、
どの国も米国の諸システムを取り入れるだろう。
ところうが、米国の平和と利益がグローバル化だとするなら、
言葉の使い方に気をつけなければならない。

仏フィガロの社説では、
「・・・グローバル化する世界の中でどのようにフランスの将来と国民の雇用を保証するか。」と、
EU憲法の批准が否決されたとき、述べていたそうだ。
この場合のグローバル化は、市場経済での人・物・金の流れをさしていると思われる。

同じ時期に米ウォールストリート・ジャーナルの社説は、
「・・・失業率10%前後の状態が十年近く続いているフランスの経済的虚弱性は程度の差はあれ『古い欧州』全体に共通している。」
「・・・EUの官僚主義は欧州大陸の高税率、ふくれあがった福祉給付、弱者保護の産業政策などに目をつぶってきた。」
「・・・欧州はいまや福祉国家社会主義の実験失敗の高い代償を払いつつある。」と述べている。
雇用も国富も生み出していないと、欧州の福祉国家経済を批判している。

グローバル化した市場経済は、人・物・金の効率的流れをめざす。
人は年齢とともに自分の住屋を頻繁には変えたくないと、
落着いた生活がしたいと望むもの。
物価と所得の差で移動をいとわない東欧の人々が
定住をする西欧の人々の収入をおびやかす。
所得は低きに流れる。
安い所得で『いやな仕事』などしたくない人が増える。
『福祉給付』は減額せざるを得ないだろう。

お金(資本)は収益率の高いところをめざす。
投下費用の安いところ、人件費が安く、税金が安く、インフラが充足しているところへ。
そして、文句をいわない従業員とくれば言うことはない。
いつまでも『弱者保護の産業政策』はできない。

物は、買う人をさがし、高く買う人のところをめざす。
所得のない人に売るものはない。貧しい人には安い物を売る。
ところうが安い物は資金投下が少なくて済むものの、
貧しい人達を皆満足させるほど多くは製造できないだろう。
福祉国家は過去の共産国家に対するあだ花だったのだろうか。

企業に勝ち組みと負け組み。
どちらの企業に属するかで、収入は決まる。
失業すれば、収入がなくなる。
仕事をさがして外国へ移住する人々がでる。
始まりは、若者からだろう。

我らは、アメリカ化をめざすべきなのだろうか。
現実がそうであるように。

posted by 友よ!! at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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